ステーション日誌DIARY

私○○はしない予定でした

2022/2/05 土曜日

こんにちは。
れんげ訪問看護リハビリステーション
精神科訪問看護くれよん

「日本一踊れる言語聴覚士」木津玲子です。

 

前回の記事で、私が
訪問リハビリの仕事についたきっかけは
身内がサービスを受けていたから…ということを
書きましたが、

実は今の私のお仕事に欠かせない
「車」
この運転を始めたのも
身内の闘病と介護がきっかけでした。

 

私が運転免許を取ったのは
そんなに遅い方ではなく
20歳か21歳?だったと思いますが

 

実はそのころの私は
自転車にも満足に乗れず
「公共交通機関しか使えない」人でした。

高校卒業後に、大学で
言語聴覚士になるための勉強をしているときに

 

郊外の大学だったため
自転車を再び練習し
(よく自転車って乗り方忘れないって
言うじゃないですか。
あれ、中には当てはまらない人もいますよ)

なんとか自転車で片道30分程
通学できるレベルには達しましたが

 

やはり同級生には
その自転車のイメージが強かったからか
「車は運転しないで」
と強く言われていました(苦笑)。

 

しかし、卒業後
就職してどこに行くかわからない
(一時期北海道に行く話もあったもので…)

その時に困らないように、と
20歳か21歳で免許を取得するにいたりました。

 

 

しかし、卒業後の就職先が
都内…
車をあまり使う必要性もなく、
買い物も自転車で行けるレベル。

ということでそこから長く
ペーパードライバーが続き

車が欲しいという欲もほとんどないまま
しばらく過ぎていきました。

 

身内が病気で入院し、
一時期生死にもかかわる状況になったとき

夜中呼び出されても
「交通機関がないから病院に行けない」
「タクシーが来なくてたどりつけない」

 

になるのは絶対に嫌だったので、
その時に「車が欲しい」と
思うようになり、

地元でお世話になっていた先輩に
中古車のディーラーさんを
紹介してもらいました。

 

大学の同期たちに
「絶対運転するな」と言われていた私が

仕事のメインの移動手段として
車を使うようになり
それもほぼ毎日運転するようになる
というのは、

当時の私も同期たちも
誰も想像していなかったと思います。

 

とりあえず無事故?で
乗り続けて早○年。

これからも運転には気を付けて
いきたいなと思いつつ、

 

あの時周りの反対を押し切って
免許を取ってよかったなぁと
今の私は思っています。(苦笑)